TIME TO PLAY BY SALOMON JPN
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5th stage 80km

ステージ最長の80km。通称「ロングマーチ」。ここを乗り切ればもうゴールが見えたようなもの。でもここが一番厳しい。前日の夜、4th stageがあまりにもきつくて、次の日のこの80kmが怖くなって、テントメイトと「うちら何でこんな遠くまで来て、お金払ってこんな辛いことしてるんだろうね(苦笑)」と笑っていました。

スタート前のテントエリアでは現地スタッフがギターやパーカッションを使ってチリの歌を歌ってくれて、昨日リタイアした参加者も私に近づいてきてくれて「RIKAならできるよ」と応援してくれました。

2年前のサハラで一緒だった二人がこのアタカマ砂漠80kmのステージで二人ともリタイアしたのを知っていたので、ちょっと怖いという思いも無きにしも非ず。でも夜もずっと動き続けるのって私にとってはこの砂漠シリーズレースだけなので、楽しみでもありました。日本人参加者でスタート前に集まって、「リタイアした人たちの分も、皆で頑張ってゴールで会いましょう!」と円陣を組んでスタートしました。

フラットな大地に出るといきなり何やら動物の群れがこっちに向かって走ってきました。皆気がつかないのかそれどころじゃないのかあまり見ないのだけど、私は気になってじっと止まって待ってみました。「速い!なんだろ、あっ……ロバじゃない?!」多分ロバの群れが17頭。肉眼で確認できる距離で走り去っていきました。犬も人もいなかったので恐らく野生だろうと思うとまた感動してゾクゾクしました。

さすがに5日目だと足を引きづっている人も多くて、自分の何も問題が起きてない身体に感謝しました。また肩くらいの植物の間をバキバキと折りながら進みます。
そしてCP3を出る頃にひどい砂嵐が。バフで首から目の下まで覆ったけど、砂で前を見ることもできないし、風が強過ぎて吹き飛ばされそうになりながら少しずつ前に進みました。やっと次のCPに着いた頃に砂嵐が止んで、「今の砂嵐すごかったね!びっくりした!皆が見えなくてコースあってるのかわからなかった!」と笑いました。

夜になると一人で進むのが怖いので今日は絶対皆を見失わないようにしようと決めていました。気がつくとまた塩湖。綺麗……本当にこんな上踏んじゃっていいのかなって思うほど綺麗でした。もうレースも終盤。しっかりこの美しい景色を目に焼き付けて進みます。大きな砂丘の登りもあって、更に急激でとても危なそうな崖もありました。80kmだからって優しいコース設定ではないのが粋です。体力的にはとても元気だったので前に前に進みました。

太陽が落ちてきそうになると、早めに上着を着込んで夜に向けた準備を始めました。明かりは自分のヘッドライトと月。コース表記はピンクのフラッグに変わってか細い光を放つペンライトになります。

結局太陽が沈んだ時、良い具合に前の人も後ろの人も遠くて、一人になってしまいました。
コース表記のペンライトがなかなか見つかりづらくて何度も不安になりました。本物の暗闇や、目も見えない、耳も聞こえなくなったような錯覚に陥って恐怖を感じてしまいます。このパニックを回避するため、あらかじめ用意していたB’zを聞きました。そのアルバムの中に「ZERO」という曲が入っていて、歌詞が、「今会いたいすぐ会いたい砂漠の真ん中で」と出てきた瞬間に「砂漠?!今、砂漠って言った?!」と。その後に続く歌詞が「眠りたいもう眠りたい」だったので、自分にぴったり過ぎて何十年か越しに私のこの今の状況のために作られたのかと思うほどで笑ってしまいました。

次のCPに着くと皆がご飯を食べたり横になっていました。ここはこのステージのこの場所限定でお湯をくれるので私も楽しみにとっておいたカップヌードルを食べました。もうすっかり寒くなっていたので沁みます。夜は怖いのでペアを組んでもらって、大音量でB’zをかけながら二人で進みました。

月明かりがこんなに明るいのか、と思っていたのですが徐々に沈んでいく月。地平線の近くまで月が来た時に「そういえば月が落ちる瞬間ていつも見ないな」と思って慌てて写真を撮りました。

ただひたすらに二人とも無言で歩き続けました。風が冷たくて、眠くて、大半うとうとしながら、目をつぶって歩き続けました。そしたら一緒に歩いていた人にバレていたみたいで「歩きながら眠るの上手だね」って笑われました。このステージの1kmはとにかく長く感じます。「まだなの?」ってどれだけ思っても本当にただ進むしかない。止まらなければいつか着く。歩き続ければいつか太陽は必ず昇る。そう信じるだけです。「朝日まだかなー。寒くてたまらないなー」と思っていたら足も急に疲れてきて、別々に進むことにしてもらいました。もう止まらなければ制限時間内にゴールすることができる自信はありました。そう、止まらなければ。でも身体が動きづらいな。お腹すいたけどもう食べ物もなくてガソリンがない……でも進まなくちゃ……そう繰り返していていると、周りがだんだん明るくなってきて、太陽が見えて、思わず感動して泣きました。太陽は絶対に昇るという当たり前のことだけど凄いことだなと毎回感動します。身体中がむくんでいるのがわかります。そろそろかなぁ。と思っていると遠ーくの方で人影が。まだまだ遠いけど人がいる安心感。嬉しさで笑いながら泣いて、そのままゴールしました。スタッフの皆も拍手しながらハグしてくれて皆が泣いていました。

FINAL STAGE 13km

FINALステージは後ろの方だった人たちが先にスタートして、30分後に他の人たちがスタートします。私はもちろん最初のスタートだったので、いつも私がゴールした時にお祝いしてくれた皆に写真やビデオを撮ることを約束しました。シリアスランナー達は速く走りきることに重きを置いているので、あんまり景色を楽しんだり、ましてや写真を撮ったりはしないので、いつもステージが終わると「RIKA今日はどんな写真が撮れたの?」っと皆が聞いてくれていました。

スタート前、「ゴールで会いましょう!」と手を振ってスタート。頭の中はシャワーとゴールにあるピザとファンタのことでいっぱい。
皆が来るのをチラチラ後ろをみて確認しながら進んで、来るたびに写真やビデオを撮ってハイタッチをしていました。すごい速い(笑)みんな最後なんだからゆっくり走ればいいのに勿体無い。って思っちゃう私みたいなファンランナーと、シリアスランナーのみんなが笑顔でハイタッチできるのって最高(笑)

今回のレースは街がゴールになっていて、近付いてくと車が出てきたり、建物があって、人工的なものを見るたびに「人がいる……街だ……」と感動しました。

私のゴールの時には皆がもう首からメダルをぶら下げていて、皆でまたお祝いしてくれました。初日からやっていたダンスも披露。


アタカマクロッシング250km、無事完走となりました!!

今回のレースは最初の数日体調が思わしくなかったのだけれど、壮大な景色や野生のラマ、人々の温かさに本当に感動をもらいました。応援してくれた皆様、本当にありがとうございます。

皆さんの応援のお陰でここに来られて、レースに出場し、楽しむことができました。
これからもヤハラサハラプロジェクトは続きます。

また一緒に、美しい地球を見て味わって楽しみましょう!

Profle

名前 ヤハラ リカ
生年月日 1984年8月10日
出身 アブダビ/佐賀/東京
身長 170cm
資格 スキューバダイビング(レスキューダイバーライセンス取得)
日本ランニング協会認定講師
日本ランニング協会認定かけっこアドバイザー
普通自動車運転免許
学歴 大妻女子大学人間関係学部人間関係学科社会心理学専攻
就任 日本ハンドボール協会広報委員会委員
日本ハンドボール協会公認 ビーチハンドボール・アンバサダー

2009年5月『FYTTE』(学研)創刊20周年記念 第1回専属モデルオーディション(応募総数2862通、最終選考19名)にてFYTTE未来賞を受賞、同誌初の専属モデルとしてデビュー。

モデル・ファッションモデルにとどまらず、リポーター・MC・TV/舞台演者・ラジオパーソナリティ・コラムニストなど、幅広い分野で評価を受ける。

特に、ハンドボール(都代表・関東代表を経験)・ビーチハンドボール(日本代表候補)・スキューバダイビング(レスキュー・ダイバー取得)などのスポーツ経験とマイナースポーツへの造詣の深さを活かし、モデル・パフォーマー・リポーター・MCとして高い支持を得る。

ファンランナー(楽しんで走る)として、砂漠マラソン3連続完走(サハラマラソン・ナミブレース・アタカマクロッシング)、南極マラソン出走権を獲得。2020年11月の出走を目指し活動中。

講演活動やランニング講師、スポーツイベントのMCなど、スポーツを楽しむことを伝える啓蒙活動にも力を注いでいる。

2019年サロモンブランドアンバサダーに就任。

ヤハラリカ Official Website

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