TIME TO PLAY BY SALOMON JPN
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2nd stage 44.5km

レース二日目もまだ体の痺れが治らなくて、体調はあまり良くなかったのですが、何よりもこの美しい自然に心が持って行かれていました。それにしても朝が寒い。スタートする8:30はいつも寒くて、いつも震えていました。すぐに気温が上がるとわかってはいるのだけれど、この日もウィンドジャケットを脱げずにいました。スタートして「今日はビリはやめよう」と思って一番後ろのグループと一緒にいたのですが、皆思いの外ちゃんと走っていて速い。見失わないように走るけどまだ荷物も重いなぁと思っていたら派手に転倒。何もない、比較的フラットな所でつまづいてしまいました。親指に岩が刺さってしまってえぐれて流れ出る血……「やばい、帰国後すぐの撮影どうしよう」とまず思ったのと、強打した膝を心配しました。痛くてしばらく唸っていたのすが、幸いCP1が近かったので、ドクターに言ったら出血した指は綺麗な水で流してくれました。
大会のルールで参加者に供給されるお水は飲む・食べる以外に使えないので、私たちは手も水で洗えません。アルコールジェルで消毒するのが基本です。ドクターが綺麗なお水を持っているだけでなんだか少し感激しました。

処置を終えて、CP1を出る頃には誰もいなくなってしまっていました。制限時間も迫ってしまったのですぐに出発。ここからCP2まではアタカマクロッシング名物の川渡りがあるコース。「RIKA、ここから川の中を通ることになるけど、絶対にピンクのフラッグの近くを通ってね。見えないけど、旗のすぐそばじゃないとすごく深くて危ない所もあるの」と注意をうけました。


まだ午前中のこの時間は陽が出てきて日向は日差しが痛くて熱いんだけど、日陰はひんやり寒い。転んで打った膝がちょっと痛いな、と思ったのですが、川沿いはゴツゴツした岩場で、楽しくて楽しくて、飛び跳ねるように走っていました。いよいよ川の中にピンクのフラッグが!これがアタカマ名物の川渡りかー!と川の中にジャボジャボ。「冷たーい!!」と一人ではしゃいでいました。

最初は足首くらいまでの深さでパシャパシャしている程度だったのですが、思いの外何度も川を渡るコース設定で、膝上くらいまでの深さの川の中に何度も入ります。油断すると普通に転ぶし流されるレベル。危なっ!「あっこれ(川渡り)って1回や2回の話じゃなかったんだ……」と察したところでやっと覚悟ができました。とにかく水が冷たくて、靴の中に水と一緒に砂が入ってくる。かじかんだ足がどんどん動かなくなりました。

でもおもわず声を出してしまうほど美しい絶景!たくさん写真をとって辺りを見回して、目に焼き付けました。まるで子供の頃に憧れたインディージョーンズの世界。冷たくて寒くて、もう川はお腹いっぱいって内心思いながらバシャバシャと前に進みました。

広いところに出ると参加者たちの後ろ姿が!よかった追いついた!と思って、みんなのいるCP2にたどり着きました。まだ時間的には余裕だなと思ったので、ランチをほおばりました。ランチはいつもプロテインバー。お腹すくと力が出ないっていうのが心底感じます。ゆっくりしていたら私ともう一人の男の人だけになったのですが、なんだか彼の様子がおかしい……テンションが明らかに低い。下を向いてる……スタッフの方が何やら彼と話した後、無線で「こちらCP2。〇〇(彼)はリタイア。現在のラストコンペティターはRIKA。」と告げます。『えっ?!また?!またビリ?!』と驚きました。ちゃんと追いつくように走ったのになーと思って、
『わたし、昔から足遅いけど、ビリは初めてだよ。』と言いました。するとベテランボランティアスタッフの女性が私に近づいてきて、私の肩に手を置き、「RIKA、1位もビリも、もらえるメダルは同じなのよ。でもリタイアしたらメダルはもらえない。あなたは自分のペースで進みなさい。」と言ってくれました。私はハッとさせられて『そうだ、誰かと速さを競うために来たんじゃない。メダルは欲しいけど順位はどうでもいい。このアタカマ砂漠の景色を堪能して、たくさん写真を撮って皆にこの綺麗さを伝えたいんだった!』と我に帰りました。この言葉が本当に私を心から救ってくれたと思っているし、私も今後、皆に伝えたいと思いました。

川渡りが終わった後はしばらくゴツゴツした岩場。壮大な景色に感動はするけど、とても急な登りがずっと続きました。まだ登るの?まさかあそこまで登るの?マジかー。ってくらいずっと登り(笑)。開けた場所ではなかったので私の前の参加者も全く見えなくて、ただひたすらに暑いなーと思いながら登り続けていました。自分がどのくらいのペースであとどのくらいで次のCPなのかわからなくなって、焦って早めに走り出してしばらくした頃、砂のくだりが!!これぞ砂漠レース!一歩一歩沈むし滑るけどこれが楽しい!これをする為に来てる!笑

大きな砂丘を越えた後、1kmくらいでCP3へ。ギリギリ間に合わなかったのかと思って半べそで入ったけど、制限時間を自分が間違えていただけでした(苦笑)

CP3を越えてからは、また綺麗な岩に囲まれていました。さっきだいぶ走ったので制限時間的には余裕。綺麗だなーと思いながらstage2フィニッシュ。この日も最後のランナーだったので皆がゴールに集まってきてくれて、拍手をくれました。「あなた達も!」と拍手を送り返しながら、皆とハイタッチでゴール。

私は一番遅いランナーだけど、同時に一番幸せなランナーだなと思いました。皆にこんなにお祝いされて、誰よりも長い時間こんな美しい砂漠を踏みしめることができて。だからこの日から私は最後尾になることの引け目を全く感じなくなって、ただただ自分の究極のファンランというスタイルを貫こうとより心に誓いました。

Profle

名前 ヤハラ リカ
生年月日 1984年8月10日
出身 アブダビ/佐賀/東京
身長 170cm
資格 スキューバダイビング(レスキューダイバーライセンス取得)
日本ランニング協会認定講師
日本ランニング協会認定かけっこアドバイザー
普通自動車運転免許
学歴 大妻女子大学人間関係学部人間関係学科社会心理学専攻
就任 日本ハンドボール協会広報委員会委員
日本ハンドボール協会公認 ビーチハンドボール・アンバサダー

2009年5月『FYTTE』(学研)創刊20周年記念 第1回専属モデルオーディション(応募総数2862通、最終選考19名)にてFYTTE未来賞を受賞、同誌初の専属モデルとしてデビュー。

モデル・ファッションモデルにとどまらず、リポーター・MC・TV/舞台演者・ラジオパーソナリティ・コラムニストなど、幅広い分野で評価を受ける。

特に、ハンドボール(都代表・関東代表を経験)・ビーチハンドボール(日本代表候補)・スキューバダイビング(レスキュー・ダイバー取得)などのスポーツ経験とマイナースポーツへの造詣の深さを活かし、モデル・パフォーマー・リポーター・MCとして高い支持を得る。

ファンランナー(楽しんで走る)として、砂漠マラソン3連続完走(サハラマラソン・ナミブレース・アタカマクロッシング)、南極マラソン出走権を獲得。2020年11月の出走を目指し活動中。

講演活動やランニング講師、スポーツイベントのMCなど、スポーツを楽しむことを伝える啓蒙活動にも力を注いでいる。

2019年サロモンブランドアンバサダーに就任。

ヤハラリカ Official Website

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