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TOPICS 2018/12/14 SECRET

SPECIAL COLUMN -1-前編

サロモン・レーシングの現在・過去・未来

前編:名物ディレクター、フリゾン・ロッシュ

(写真:クリスチャン・フリゾン・ロッシュ)

サロモンのレーシングチームを育て上げた立役者は、クリスチャン・フリゾン・ロッシュというフランス人だ。

1990年代の初め、もともとはバインディングのトップブランドだったサロモンが、ブーツやスキーに進出してまだ間もない頃に、レーシング・ディレクターという要職に就任。当時はいわゆる3点セット -スキー、ブーツ、バインディングをすべて同一ブランドで揃え、それぞれの機能を補完し合うことで、トータルのパフォーマンスを高めようという考え方- が誕生した時期でもある。フリゾン・ロッシュは、そうした戦略の先駆けとしてサロモンのレーシング部門を牽引。またたく間に強豪ファクトリーチームへと押し上げたのだ。

彼には何度かインタビューをしたことがあるのだが、もっとも印象深いのは、1993年2月、盛岡・雫石でアルペンスキー世界選手権が行なわれたときのことだ。サロモンはこの大会でふたつの金メダルを獲得。女子のジャイアント・スラロームでキャロル・メルル(フランス)が、男子ダウンヒルでウルス・レーマン(スイス)が優勝したのだ。スキーに進出してわずか3シーズン目での快挙だった。レース後、フィニッシュエリアの下の小さなログハウスで、まだ若かったフリゾン・ロッシュに話を聞いた。 もう25年も前のことだ。何を話したか、ほとんど忘れてしまった。でもダウンヒルで優勝したウルス・レーマンについてのことだけはよく覚えている。この大会で、もっとも意外な金メダリストがウルス・レーマンだったからだ。それまでのワールドカップでは4位になったのが最高で、表彰台に立った経験はゼロ。スイスには大エース、フランツ・ハインツァーがいたし、他にも優勝候補はたくさんいた。レース前にレーマンの優勝を予想した人は皆無だったに違いない。だがフリゾン・ロッシュだけは、レーマンの勝利を信じていた。彼はこんなことを話してくれた。

「去年の春のある日、フランスから夜通し車を走らせてスイスに向かい、朝早くウルスの家のドアを叩いた。そして契約書にサインしてくれと頼んだんだ。なんとしてもウルスにサロモンのスキーをはいてほしかった。彼はまだ若く、目立った成績など何もなかったが、でも絶対に強くなると確信していた」 レーマンに実績がなかったのと同様、その時点でサロモンのスキーに多くの実績があったわけではない。口説き文句は熱意だけだった。フリゾン・ロッシュはひたすら情熱的に、レーマンに語りかけたという。 「俺達と一緒に世界一をめざそう」 このとき首を縦に振ったレーマンは、翌年世界チャンピオンとなった。そしてこれがその後の彼の人生を大きく変えた。

現役引退後、彼はスイススキー連盟に職を得ることができ、やがてその会長に就任した。スーパースターが数多く輩出したスイスにあって、彼がその座に上り詰めることができたのは、自身の努力や才能とともに世界選手権金メダルという実績があったからに他ならない。さらに言えば、フリゾン・ロッシュとの幸運な出会いがあったからこそでもある。 今でもワールドカップや世界選手権などスイスで行なわれるビッグ・イベントで、スイススキー連盟会長ウルス・レーマンの姿を見るたび、このエピソードを思い出す。 こんな25年前の昔話を持ち出したのは、先日、サロモンの新しいレーシング・ディレクターにインタビューしたからだ。フリゾン・ロッシュは、昨年末をもってサロモンを勇退。38歳のフランス人、シルヴァン・レアンドレにサロモン・レーシングの将来を託した。まだ初々しい新ディレクターは、彼の描くサロモン・レーシングの未来について語ってくれた。前置きが長くなりすぎてしまった。シルヴァン・デアンドレへのインタビューは次回にお伝えしよう。

(文・写真/田草川 嘉雄)

 

サロモン・レーシングの現在・過去・未来

後編:新ディレクターが語るサロモン・レーシング再建への戦略

(写真:シルヴァン・デアンドレ)

田草川嘉雄 たくさがわ よしお

1956年生まれ スキー雑誌の編集者として17年間勤務した後、1998年よりフリーランス。もともとは記事も書く編集者だったが、独立後は写真も撮影するようになり、現在では原稿・編集・撮影を兼ねる。ワールドカップ・世界選手権・オリンピック等の取材を長く続け、夢は日本選手の優勝シーンを自分の目で見届けること。2018年FIS(国際スキー連盟)ジャーナリスト・アワード受賞。

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